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中鹿_HUG教育部会

2009-03-31

研究日誌としてのブログ

00:14

先日のセミナーでは、情報の授業において研究日誌としての機能をもったブログ作成を学生に課す、という話をしました。それに関連した話です。まとまっていませんが、覚書(下の二つ目の機能)として書いてみます。

その時は細かくは分析しなかったのですが、研究日誌といってもいろいろな機能があります。

一つは、作業記録の機能です。

例えば私は以前、動物実験をしていました。実験をするためには装置が必要で半田ごてを持って自作の装置をいくつか作成していました。装置を作成するときに、どのリレーに何の役割を持たせた、とかどの配線が入力用で、といった記録を取っていきます。また一日の終わりにその日の作業と明日はどこから始めるかを記録していました。これらの記録は、次の日以降に作業を継続するうえでとても重要な手掛かり(行動分析的にいえば弁別刺激)となっていきます。そしてある行動にとっての弁別刺激は、それ以前の行動の強化刺激となるので、つまりは記録を付けるという行動を強化・維持していくことになります。このような自分の作業の記録を付けることで、次の作業の手掛かりとなる、という連鎖的な役割を持つ日誌もあるでしょう。

もう一つは、自分の学んだことを言語化する機能です。

他人に何かを教えた人ならわかると思いますが、他人に何かを教えようとすると実は教える当人が一番学ぶことになります。私も専門の随伴性などの考え方は、わかったつもりではいましたが、授業を担当するようになり学生に教える立場になってよりはっきりと理解するようになりました。つまり自分の理解した(と思っている)ことを言語化することでより「深い」理解に達することができます。言語化しなくても我々の学びは少しずつは進むでしょうが、言語化することによって同じ場所へ到達するのが格段に速くなるようです。論文を読んだら読みっぱなしにしないで、何らかの感想を書くように、とは大学院の時の私の指導教員のことばですが、まさにそれは論文の内容を深く理解することにつながります。ブログ上で自分の何らかの「学び」を言語化すること、それを通してよりよい理解につながるのでしょう。

gintacatgintacat2009/04/01 13:31卒業制作ゼミの日記は「作業記録の機能」なのでしょうね。学生に「自分の学んだことを言語化する機能」として使ってもらうような提案を考えてみたいと思います。

nnt06045nnt060452009/04/10 23:04中西先生、コメントありがとうございます。レスポンスが遅くてすみません。
「自分で学んだことを言葉でまとめる」のはとても勉強になるのですがなかなか大変ですよね。頭も使うし時間もかかるし、と。本当はそれが学びを向上させるのですが、難しいところです。

そこで、学んだことに対する疑問を書く、というところからスタートするのはどうでしょう。疑問を抱く、というのも学びのひとつですし、しばらく後でその疑問を読み返すことが学びのきっかけや理解に役立つと思います。さらにグループでそれらを共有するといった方法もでてくるかもしれません。